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春の訪れ 3. 早咲きのサクラ  2011.3.31

毎年、お彼岸のころに咲く桜、サクランボ、キンキマメザクラが、
三月の終わりの今日、咲きはじめた。

サクランボの花、
今春は、たくさん、蕾がついている。
なり年だといいのに・・・・♪
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キンキマメザクラ
大雪で、大枝が折れたが、その枝先にも花を咲かせて・・・
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by kawasusonomiya | 2011-03-31 14:13 | 植物 | Trackback | Comments(2)

春の訪れ 2 大津で 2011.3.28


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昨日、用事を終えて、頭がとても疲れていた・・・。
少し時間がはやかったので、帰りに、思い出の場所に寄った。
バラの花がきれいだった初夏のころ、亡き父と訪れたところ・・。
風は冷たかったが、ここでも、春の訪れを感じた・・・
by kawasusonomiya | 2011-03-29 19:06 | お出かけ | Trackback | Comments(0)

三月の雪 4. 降ったり止んだり・・・ 3011.3.26

今朝は、うっすら雪化粧。
日中も、雪は、ふったり、止んだり、時々、晴れのよく変わる天気だった。

ナズナ
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ライラックの花芽
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サンシュユ
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寒い日だったが、
明日は、春に向けて、
いろいろな行事がある。

あした てんきになあれ・・・!
by kawasusonomiya | 2011-03-26 20:59 | 身近な自然、景観 | Trackback | Comments(0)

赤い椿の花と、たくさんの蕾  2011.3.25

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赤い色は 元気付けてくれることがある。
赤い花も まわりを明るくしてくれる。

毎年、春休みの頃に咲くツバキの花・・・、
今年も本格的に咲き始め、
そばに行ってみると、

こんなに、いつも、蕾をつけてたかな・・・とおもうほど。
たくさんの 蕾を つけていた・・・。


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今晩、原子力発電に関して、3月19日時点のYouTubeで、
「予言されていた原発震災/広瀬隆氏インタビユー」をみて、広瀬氏の話を聴いた。
冷静に、きちんと、傾聴した。77分ほど。

私は、リンクの貼り方がわからないが、
検索すると、
すぐわかると思う。
大変重要な問題と思う。
by kawasusonomiya | 2011-03-25 16:29 | 植物 | Trackback | Comments(2)

畑の菜の花  2011.3.23

昨夜は、みぞれっぽいときもあったが、雪にならず、雨降り。
今朝は、明るく晴れた。
畑にちょっと行ってみたら、
昨年、種を蒔いた菜の花が咲いていた・・♪

あの大雪の下で、長い間、小さな菜は、ぺっしゃんこ。
雪の多いところで、菜の花は無理だったのかな・・とあきらめ気味だったのだけど。

よく、耐えて、今、
やさしい色で咲いている・・・・
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フキノトウの花も仲間がふえていて、
三月の陽ざしをいっぱい受けて・・・♪
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by kawasusonomiya | 2011-03-23 20:54 | 植物 | Trackback | Comments(2)

震災復興作業の成功と、携わっている人たちの無事を祈ることを 

今度の未曾有の震災に対して、一個人として、
心をこめて、祈りつづけたいと思った。

そこへ、体調がよくなかった高齢の父が危篤になった。
そして、静かに、94歳の生涯を閉じた。
そのあと、いろいろするべきことがどっと、おこるなか、
ささやかながら、温かく、静かで、心をこめた葬儀を終えた。
夜遅く、帰途につくとき、
吹雪の中、カーラジオでは、
ずっと、震災地の人々への思いをつなぐ番組だった。

父は、葬儀ができたけれど、
そのこともままならない、たくさんの亡くなられた方がおられる・・・。

思いは、駆け巡るのだけれど、
まだ、いろいろ、忙しすぎて、
疲れが出てきていた。

そこに、今夜、先日とは別の友人から、メールが来た。

下記に、コピーを載せます。
私は、心打たれました。



***************
福島の原発の事故現場で働いているご家族からの依頼です。……………………………………
>
> 皆さん
> どうかお願いがあります
> 祈りを、皆さんの祈りを
> 今、福島原発で命がけで 我々の国、この日本を
> 国民を
> あなたを
> あなたの家族を
> 救う為に懸命に仕事をしている人々がいます。
>
> どうか祈って下さい!
> 作業が成功するのを!
> お願いします!
>
> 自衛隊特殊化学防護隊の
> 隊員たちは志願者です。
> しかも年齢は55歳からうえ、もう子育ても終わりに近いので思い残す事は無い
> と志願者となったようです。
> その様な志願者が50名
>
>
> 時事通信社の記・・・・・・・・東電が全国の電力会社、協力企業に助けを求めました。
> 志願者です、決死隊として原発の内部作業をする原発関係者のベテランを募ったのです。
> 中国電力の原発勤務40年というある男性が
> この作業は自分達のようなベテランがやるべきだ、
> 自分は定年まで後一年であるし、子育ても終わったとして、志願したそうです。
> ご家族は静かに思いを語る、自分の夫、父親 の決意に何も言えなかたそうです。
> その方の娘さんは,今までと違う父のもの静かな顔を初めて見たそうです。
>
> 翌朝、いつも出勤する時のように
> じゃあ、いってくる。
> と言って玄関を出たそうです。
>
> 原発での作業中、放射線被爆があります。
> 国が定める限界被爆単位100ミリシーベルト。
> それが250ミリシーベルトになりました。
> 何故なら、彼等が望んだからです。
>
> 100ミリシーベルトではすぐ時間が経ってしまい数分では・・・・・・だから国に250に上げてくれと。
> その為の被爆量は覚悟の上なのです。
>
> そのおかげで
> 昨日、あと一歩で臨界点と言う所で臨界が止まったのです。
> もし臨界点に達していたら。
> 私達は今、この時を
> この時間を過ごしていません。
> 家族と恋人と仲間、友人とこの時間が無かったかもしれないのです。
>
> 半径300キロ生物の生存率は、限りなくゼロ
> に近かったんです。
> 今のこの時間は彼等のおかげなのです。お願いです皆さん
> 祈って下さい!
> 皆さんの祈りを
> 作業が成功するように
> 祈って下さい!
> 皆さんの想念を送って下さい!
>
> 今日 放水作業が無事終わりました。
>
> 明日の作業も成功するように。
> 隊員たちが無事であるように。
> 祈って下さい!
>
> どうかお願いします!
>
> ; そして家族、友人、仲間、一人でも多く方に知ってもらい
> 祈ってほしいので伝えて下さい!
> お願いします!
>
> 以上です。私たちには今出来る事、それは祈ること。それならできます・
>



私は、このメールを読んだ後、祈った。

そのあと、マザーテレサの下記のような記事を思い出した。

ー困難なときは祈ります・・・・・-


1997年9月、マザー・テレサが、亡くなられた時、
翌日の読売新聞に、
山折哲雄氏が、マザーテレサを悼んで、記事を書いておられた。


それは、1980年の年末、
山折氏が、インドのバラナシで、巡礼と死者儀礼の調査をするつもりで、日本を発ち、
途中カルカッタに寄られた時、
思いついて、電話をして、
ちょうど面会日になっていたので、アポイントメントもなしに、お目にかかれたときのことで、
山折氏にとって、つい昨日のことのように蘇る、
あとにもさきにもなかったような、不思議な経験だったとのこと・・・。

この記事は、私の心に、大変強く、残った。
今、思い出し、引用させていただく。

「・・略・・・順番が来て応接室に入ると、マザーが軽快な靴音を立てて入ってきた。
小柄な体だったがいかにもがっしりとしていて背筋がピンと張っている。
深い皺が刻まれている顔をあげ、
優しい目を私に向けて、
『あなたのために五分間だけあげましょう』といった。

毎日のように困難な仕事に立ちむかっているマザーのような人でも、
どうしたらよいかわからなくなるときがあるでしょう。
そういうとき、どうなさいますか、と私はきいた。

しばらく考えていてから、かの女は答えた。




『そういうときは祈ります。

二時間でも 三時間でも 祈ります。

それでも不安なときは、そのまま祈りつづけて 暁方を迎えることもあります。』




それで五分間が過ぎていた。

マザーの態度は終始明るかった。快活な話しぶりだった。
リズミカルな活動性がじつに快かった。
ああ、聖者とはほんらいこのように明るい人間のことをいうのだ、と思ったのである。・・・・略・・・・」
by kawasusonomiya | 2011-03-22 22:26 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

福寿草つづき  2011.3.18

今日は、晴れてきて うれしい。
いろいろあって、
忙しい中、
久しぶりに、雪かきもした。

今朝の福寿草
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by kawasusonomiya | 2011-03-18 20:21 | 植物 | Trackback | Comments(2)

雪の日のフクジュソウ  2011.3.17 

この冬、
長い間、凍てついた、1mほどの雪の下だった、福寿草が、
2011.3.13の朝、ようやく、花開いた。
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その日、フキノトウも、やさしい日ざしの下で・・・・♪
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ところが、ゆうべから、また、雪の降り積もる中で、
じっと、がまんしている・・・。
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きっと来る、春・・・、
もうすぐ、季節はめぐり、
本当に春がきっと来る・・。
           
                   ( 被災地の人たちのがんばりを思いながら・・・・)

    それぞれに、がんばろ。
    それぞれの事情の中で・・・。
    みんな、がんばれ。

    私も、がんばって いこう。
    私も、がんばっていきたい。
    みんなで、がんばっていきたい。


                
                 
by kawasusonomiya | 2011-03-17 17:53 | 植物 | Trackback | Comments(0)

三月の雪 3. 2011.3.17

昨夜は、吹雪だった。
今日も、時々止んだが、一日雪降り。
10時すぎ・・
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12時半頃 今津からの帰り道
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松並木道
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湖岸・・琵琶湖の上も、雪雲におおわれて・・
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春の淡雪が、また、積もった。
でも、
明日は晴れそうで、よかった・・・。

雪、このへんで、終わりになってほしいけれど、
まだ、この先にも、雪マークのついている日がある・・・
by kawasusonomiya | 2011-03-17 17:37 | 身近な自然、景観 | Trackback | Comments(0)

東日本で・・・   2011.3.12

昨日の午後、2時46分ごろは、私は家にいて、
はじめ、ガラス戸が、なんで、こんなに、がたがた音立てるのかと、
強風でも吹いているのだろうかと、立ち上がって、
電灯も、ゆれているのがわかりました。

こちらでも、揺れは、長く感じる時間でした。
すぐ、テレビをつけ、それから・・・、
東北地方太平洋側で・・・・・、
大変な事態が起こっていくのを次第に深刻な思いで、見ました。


まだ、厳しい寒さの中、被災地の人たちのことを思うと、とても、心が痛みます。
そこへ、友人からメールがありました。


東北のほとんどの県で、停電ですが、今後、広い範囲で、電力不足が予想されています。
関西も無縁でなく、支援電力を東に向かって送ることになります。
つきましては、私達の家庭でも、少しでも、節電をしましょう。・・・・・と。


出来ることは、多くありませんが、
私も、まず、「節電」から災害地への協力をはじめたいと思いました。


すぐに、電球を1つ消しました。
先ほどから、我が家は、みなおして、節電体制に入りました。



これ以上、被害が拡大しませんように・・・。
救出が、早く、進みますように・・!

被災地の方々に、こころよせ、ささやかでも、
できることから、是非、みんなで、支援していけたらと思います。


追録

「関西での節電協力」は、どのくらい、有効なのか、
その後の報道で、本当のところがあまりわかりません。
訂正します。
by kawasusonomiya | 2011-03-12 22:35 | 暮らし | Trackback | Comments(2)